【オリジナリティ出しすぎ注意】読者目線で考える「読みやすいネット小説」Part1
自称アニメ・ラノベ評論家、オレオだ。最近、1つ書いては1週間開ける、ということが珍しくなくなってしまった。私生活が忙しくなっているというのも大いにあるのだが、1番の原因は、最初の目的であった「なろう系小説」に対する不満をあらかた書き尽くしたからだと思っている。
だから、そろそろ方向を転換しようと考えている。そういえば、何か月か前にネット小説関連のコンテンツがたくさんあることを教えていただいたから、それらを調べてみるのが良いかもしれない。まあ、ネット小説から離れることはないとは思うが、色々探ってみるつもりだ。
今回の題材は、「小説の読みやすさ」についてだ。私は文章を読むときだけでなく、日常生活においても、間違った言葉を気にするタイプだ。だからなのか、読みにくい点が見つかってしまうとずっと気になってしまう。そんなことが起こらないように、私なりに注意すべきところを書きだしてみた。
〇「つまらない」は読めるが「読みにくい」は読めない
突然だが、私は、小説において「読みやすさ」は何よりも重要視すべき点だと思っている。いくら面白いものを書いたって、いくら魅力があって応援したくなるキャラクターを作ったって、読みにくかったら意味がないからだ。
例えば今、あなたが1つの小説を読んだとして、それがどうしようもなくつまらないものだったとしよう。それはキャラも微妙だし、ギャグも滑ってる、中身が空っぽなものだ。それを読み終わって、あなたは
「あー、時間無駄にしたわ」
と思うかもしれない。だが、少なくとも、それは「1つの作品として最後まで読むことができるもの」であるのだ。最低限、作品として成り立っているのである。だから、自分には合わなかった、と納得することができるし、そんなつまらないものの中にも愛着がわくことだってある。
でも、もしそれが「読みにくい小説」だったらどうだろうか。文章がめちゃくちゃだったり、物語がめちゃくちゃだったり、色々原因は考えられる。まあ、これは後で説明するから置いておこう。
さて、これらの場合、読者はどんどん「読むのが苦痛になってくる」のである。特に、私のように気になったら離れないような人なら、キャラクターや物語の良さなど全く入ってこなくなるだろう。そして、最終的には「読むのをあきらめる」という選択肢をとることになるのだ。読みたいけど読めないという事態が、発生しうるのである。
つまり、どれだけ良い話を考えて、どれだけキャラの魅力を引き出せていても、それを伝える手段自体に問題があるということなのである。
長くなってしまったが、それの原因を探っていこうというのが、今回の要というわけだ。
大変申し訳ないのだが、今回はこれで終わりだ。次はすぐ出すので、そちらを待っていてほしい。本題に入る前に辞めるのは初めてかもしれないなあ。
冒頭でも言った通り、別の方向性を探ってみることにした。今は、別のジャンルの作品を読んだりしてみているところだ。それにはまた時間がかかるかもしれないが、よろしく頼む。